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sideburnzzのブログ

転職支援会社勤務。細く長く浅く広く生きています。特技は壁にぶつかるともっときついことに挑戦しようと、トレイルランニングやウルトラマラソンの大会にエントリーすること。

気づいたら山で虫の息

他でバラバラになっていたブログを思い切ってはてなに引越しします。古い投稿と新しい投稿が入り乱れて頭の中も訳が分からなくなりそうです。

『トレイルランナー ヤマケンは笑う』

山岳を走る競技、トレイルランニング界のトップアスリートの1人である、山本健一さんの著書。山梨で高校教師を務めながら、主に100マイルレース(約161km)と呼ばれるロングトレイル(1昼夜以上走り続ける)において世界中の有力なレースで活躍を続けるスター的な存在です。

トレイルランナー ヤマケンは笑う。 僕が170kmの過酷な山道を“笑顔”で走る理由

トレイルランナー ヤマケンは笑う。 僕が170kmの過酷な山道を“笑顔”で走る理由

 

 高校時代の山岳部からモーグルに転身。その後、近所のおじさんの誘い(!)でトレイルランニングの世界へ。そこから国内・海外のレースへの挑戦。大舞台で困難に打ち克ちながらより強くなっていく過程と、競技を通じてのかけがえのない大勢の仲間との出会いが綴られています。心身ともに元気に挑戦できる恵まれた環境や、仲間・家族への感謝の気持ちをエネルギーに換えるポジティブな生き方含めて全てがかっこいい!

気になった方は本書をぜひ手にとっていただくとして、比べるのも大変おこがましいですが、かたやどんなレースもギリギリ完走できるかどうか、というありさまだけれどこのスポーツの魅力にハマリ出している1人の人間として、この機会にトレランを始めたきっかけやその魅力など思い出してみることにしました。

 

「綺麗な空気が吸える」はずだった

確か29歳くらいのときに10kmくらいのマラソン大会になんとなく出て、完走したときの達成感や、記録や順位が出ることが新鮮で、ロード(舗装された道を走る)のレースは、ハーフやフルにぽつぽつ参加するようになって2年くらい経ったころでしょうか。

「トレイルランというイケてるスポーツがあるよー」
「なんか結構キツくて、達成感がヤバいんだって!」
「サバイバル的な要素もあってマラソンとはまた違う非日常を味わえるよ!!」
「綺麗な空気が吸えるし、山頂から眺める景色は圧巻だよ!!!」

などという甘い話?がなんとなく耳に入ってくるようになりました。

「な、なんか気になる…」

専用のシューズもなければ練習したこともないのに、こっそり適当なレースにエントリーしたのが2013年の年始だったと思います。(せめて練習くらいしとけよ)これがその後、今に至るまで大苦難と歓喜感動、沢山の仲間との出会いの幕開けになるとは夢にも思わず。

僕が適当にエントリーしたのは、「道志村トレイルレース」という何県にあるのかも良く分からないしホームページも聞いていたカッコ良さや先進的なイメージとは正反対の味気ない感じのレース。距離も20kmくらいでロードより短めだし、いきなりビッグレースに参加したり、ラン仲間と一緒に参加してみんなの足を引っ張ってしまったり、経験者の迷惑になってしまうのは避けたいなと思っていたし、僕としては悪くない選択。(のはずでした…)険しい顔をした筋骨隆々のランナー達がスタートラインにひしめいている写真が載っていることが少し気になったくらいです。

お世話になっていた方が運営するトレラン専門店にシューズとザックを買いに「ドウシムラっていうレースで初めてトレランやるんです」と伝えたら、オーナーの顔が曇る&苦笑い。

「えっ…」(オーナー)

「えっ…」(ぼく)

何でちゃんと調べなかったのか後悔しましたが、そのレースは、ストイックなランナーの注目を集め、参加母集団を集めるにはとにかく泣いちゃうくらい過酷なレースを用意して数多ある他のレースと差別化を図らなくてはいけない、という「ドS」思考の運営者が仕掛けた「ドM」ランナー向け?の有名レースだったのです。

トレランをやる友人に「走る練習しておくね!」と伝えたら「走れるところほとんどないので、、とにかく階段登る練習しといてください」という返事で、雲行きが怪しくなってきました。

初挑戦と大洗礼。差し迫った言葉。

5月、いよいよ現地に到着。レース前日の説明会に参加すると、ゲストの精鋭ランナーたちが本当はレースの魅力を語るはずなのに、皆さん口々に「3年前にこの傾斜を初めて見たとき、私この先どうなっちゃうんだろうと立ち尽くしたのを憶えています」「⚪︎km地点で皆さんの多くは脚が攣ることになります。その後、身体が言うことを利かなくなり、ちょっとしたことで転びまくります」「僕が初めて参加したときはわけがわからないまま気づいたらリタイアしてましたね」となぜか嬉しそうに話しています。

「家に帰りたい…」

当日を前に体調まで悪くなってきそうでした。しかしながらもう後戻りはできません。

当日。「走りは苦手じゃないし、ま、まあなんとかなるだろう…」 という淡い期待はスタート5分も経たずにいきなり立ちはだかる急斜面に文字通り淡いまま吹き飛びました。

「はめられた!」(誰もはめてはいない)

背負っていたポカリ500mlペットボトル4本はあっと言う間に枯渇。他の一般的なレースと違い、エイドと呼ばれる飲み物や食べ物を補給できる場所もわずかしかなく、大の大人たちがあたり一面で仰向けにひっくり返ったり、救護スタッフにテーピングをしてもらったり、痛めた脚をさすりながらウンウン唸っています。その光景たるやまさに野戦病院状態。

「これがトレランの世界なのか…」

圧倒されている暇はありません。

制限時間6時間に間に合わなければ完走証ももらえず、この苦労は水の泡になってしまう、と泡を吹きそうにながらも前進し続けました。

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壁のように立ちはだかる斜面が延々と続き、終わりがいっこうに見えません。僕はいつの間にかあまりのつらさにこれまでしてきた数々のわるいことを懺悔しながら登っていました( 社会人になって肉体的な辛さで泣いたのは初めて)

急激な降りでは、慣れない僕は捻挫をしないようにハイカー用のロープにつかまり、おそるおそる尻餅をつきながら進むのが精一杯。するとついさっき勢い良く追い抜いていった屈強な40代くらいのランナーが「うわあっっ」と叫んでもんどりうって転び、脚をひどくくじいてしまった様子。

「お、おれに構わず先にいってくれっ!」

そんな差し迫った言葉を生まれて30年余り投げかけられたことは1度もありません。僕はその非日常的な会話に愕然としながらも思わず「は、はいっ」と裏返りそうな声で返して先を急ぐほかありませんでした。

制限時間6分前にぼろ雑巾のような顔になりながら無事ゴール。これが悪夢のような僕のトレランデビューでした。

「二度とトレランなんてやるもんか」というのが当日の正直な感想。疲弊しきったその表情に、ラン仲間たちにも別れ際に「トレラン嫌いにならないでね笑」と言われる始末。

大洗礼を浴びた僕が、相変わらず貧弱ながらも今でもトレランに挑戦し続けている理由が気になるところだと思いますが( 本当は「うるせーそんなの知るかよ勝手にしろよ」てところだと思いますが)、長くなりすぎてしまったのでそれは続きの投稿で。

本の感想からかなりコースアウトしてしまいました。。

(続く)